負の力

怒りや恨み、ねたみは負の感情と呼ばれるが、私はこれは定義的には誤りだと思う。
怒りや恨み、ねたみはそれを意識した時点で、負の力ではない。
燃えるような感情なので本来正の力の一種である。
負の力とは、悪や悪意とはまた別種のものである。悪や悪意とは他者(自身の場合もあるが)を陥れようとする意図のことであり、そこには正の方向性がある。
負の力とは、作用させる力に逆側の力が常に存在する力の使い方。
ナイフを相手に振ったときに、振った勢いで常に自分も傷つくような力の種類。
そこに意図も感情もない。
何かを作ろうと力をふるったときに、それとは別の物を常に壊すような力のかかりかた。
それを表に表さないようにコントロールするのが負の力であり、また表に表さないようにコントロールできているのも負の力のおかげである。
本来、怒りや恨みは正の力なので、支障がない場所で外に正の力として発散しなければならない。
表に表さないように負の力がコントロールしているから、怒りや恨みやねたみが負の感情という言われ方で負の力のように見えているが、正の怒りを負のバランス力が抑制制御しているという状況であり、負の力が悪いわけではない。適切に負の力を緩めて、正の怒りを出せてないというのがまずい状況なのだ。
語源を作った人は、怒りや恨みが意識できていない状態(強い感情が負の力で制御しすぎている状態)のことを負の感情と言ったのだろう。これは意識させて正の力に落とし込むことで、負の力の制御力の負担を下げることができる。
適切に負の力をコントロールできていない状態が悪いのだ。
負の力、逆方向の力を使えているというは、実はとてもバランス力が優れているからできるのだ。逆力を調整する能力があるから正方向の力がより強力に押し出せる。
ただ、バランス力が強すぎると双刃の剣の怖さのようなもの、マイダス王の指のような怖さも確かに存在すると感じることはある。