過剰な夢や希望が不幸をもたらす

夢や希望は、一般論としてはよいものと言われるが
過大な空想、夢、希望は人の行動を盲目にして、不幸に導くことがある。
人が幸福を望んで、そのための努力の原動力として、夢や希望を持つことは「目標を設定する」という意味でよいことである。
しかし、十分に幸福にある人が、より空論に近い夢や希望に固執すると、眼下の問題をないがしろにしてしまって、困難をもたらすことがある。
その場合、目が覚めるというのは十分によいことである。
目が覚めない状態は当人にとっては十分幸福なのかもしれない。ただ、外界からの事情によって強制的に目を覚まされたという状態のとき、その状態はかなり惨めなものとなる。
それはその当人の選択ということだろう。
自己の体験として理解している。そしてその選択に後悔がないわけではないが、納得はしている。納得せざるおえないとも言える。