祈りという感情はいい

祈りという感情はよいものだ。自らの奢りを抑えてくれる。
しかし祈りに神は必要ない。
ただ、何に祈ればいいのかわからないことがあるから、その都合上、神という対象を想定したほうが祈りやすいというだけであって、実は祈りの対象など自分の信じるものであればなんでもよい。
「祈りなさい」というまではよくても
「自らに祈りをささげよ」と強要する神、「この神に祈りなさい」という信者はおそらく盗人だ。
その意味で言えば、実りの神などが一番よい神様だ。
私はソフトウェアの神(特定の人ではなく概念としての神)に祈りを捧げる。