私にとっての失われた10年

今日の夢見はもっとも辛い悪夢の一つだった。
週明け月曜はいつも気分的によくないのだが、今日は格段に悪かった。
就職したての最初の10年は、今を思うと非常にもったいない10年だったと思う。
半分は仕方ないのだ。社会に出る最初はもう少しよく考えて立ち回るべきだったのだのだが、あまりに私は世間知らずだったので非常に中途半端な選択をしてしまったのだ。
全然無価値だったとは言えない。それなりの世渡りは教わった。でも期間は半分でよかったのだとも思う。もし社会に出る前にもう少し知恵があれば、その半分もいらなかったのかもしれない。
その10年を自力で抜け出したのは今でもよい選択だったのだと思う。もし抜け出し切れていなかったら、(生活に困ってはいないだろうが)生き方を振り返ったときにもっと落胆していたかもしれない。
もし最初の始まりをよく考えていれば、(成功したとは限らないが)もっと面白いシチュエーションの挑戦権を得られていたのかもしれない。概ね成功には幸運が必要だ。挑戦権を得たとしても失敗していたのだろうが、いい戦いができたという満足は得られていたかもしれない。
・・・いつもは「もし」なんて状況を考えるのはよくないことだと思うのだが、「もし」を思い浮かべてしまうところが今朝の気分が最悪だったことを示している。