Macエバンジェリストは勘弁願いたい

私はかつてよく人に「Macファンですね」とか「Macエバンジェリストですね」とか周囲に言われたのだが、そのたびに説明しなければならなかった。

「私はモトローラのBigEndianのMPUが好きなのであって、Macが好きなわけではない。68系CPUで残存しているコンシューマパソコンがMacしかないのでこれを選ばざるおえなかったのだ」と。

かつての(そしておそらく今も)Macエバンジェリストのコミュニティには、何か妄信的で排他的な感じがあってどうしてもなじめない面があった。そして多くの場合、高学歴者が多いので言いくるめてやろうという状況もみられた。

まぁファンクラブというのは多少そういう面があるのだろうが。

なぜふとそういうことを書き始めたかというと、ITmediaで林信行氏の記事を見かけて、昔のMacエバンジェリズムを思い出さされてしまったからだ。典型的なMacエバンジェリストであり、エバンジェリズムの記事。

なぜこの人達は最初に過去のことを延々話し出すのだろうか。PCというものは人の活動(これが本来メイン)をサポートする道具であり、道具の過去を話す事に何の意味があるのだろうか。

思い出話をする会というのならいいのだろうが、ニュースサイトというのは現在を語るもののはず。今の人に道具の過去の栄光や挫折を記事にするというのはどういう意味があるのだろうか。

Macエバンジェリストは常に過去を語る。未来を聞くと「Appleとジョブズに従えばいい」とでもいうところだろうか。

我が神、我らが預言者に従いなさい という面は非常に宗教的である。

未来と選択を他者にゆだねることを怖いと思わないのだろうか?