2月

2月

窓から見える景色は美しいと思ったが、触ることができないのは不条理だと感じた。

「そうだ、パソコンも同じだな」と。

観光用の潜水艦には、海底の熱帯魚や珊瑚礁その他もろもろを見ることができるように、大きなたくさんの窓がつけられている。TVの観光番組ほど「いかにも」という豪華さはないのだが、普段海に入らない私としては十分に楽しめるものだった。そのおのおのの窓を通して、観光客らが海底を眺める。

魚の個々の名前は覚えていない。でも魚群を組んで(もしくは一尾で)泳ぐ熱帯魚は見飽きさせないものがある。熱帯魚ってなぜ深い色がついているのか? なぜ同じ種類の魚で群れが作られるのか? 別の魚どうしでもいいのでは? 問い出せば、聞きたいことが子供のようにわき出るだろう。唯一妙に感じたのは、観光用に作られたっぽい人口珊瑚礁くらいか。しかし頭のねじを1本緩めておけば別に気にすべきことでもなかった。

よく見たいと思えば、身を乗り出さなければならない。半球形に飛び出た窓に手がかかる。が、それは魚をつかむ動作でもなく、海水に触れる動作でもなく、厚いガラスをさわるだけだった。

ふと

「窓にスクロールバーがないかな?」

と思って、自分で失笑した。

今の自分にとって、この海はさわることができないもの。実際に存在するものであっても、触れないならコンピュータの疑似三次元表示と変わるところなどない。だから観光潜水艦の窓はコンピュータディスプレイの窓に似ていると思った。

かゆいところに手が届かないというか、見たいところがあるのに回ることも近づくこともできない。ましてや潜水艦の中では触ることもできない。

確かによいところは、ガイドのおかげで無難に始まって安全に終わることくらいか。頭のネジを1本緩めているときにはそれは大事なこと。

コンピュータの中の疑似世界を触るVirtualRealityの研究や実用はさかんである。シミュレーションゲームだって疑似世界と対話(もしくは操作)する点で言えば仮想現実の一つと言える。NetSurfingなどは相手が実在なのだから、さらにリアルな疑似世界だ。

だが、ディスプレイの先にいかにリアルな世界ができようとも、触ることはやっぱりできない。マウスであちこちを引っ張るのが関の山だ。(むろん、一昔前に比べれば革新的進歩であるのは間違いないのだが)

感覚センサまで含めたVirtualRealityの時代がよいことなのか問題をはらむものなのか、正直なところ私にはまだはっきりわからない。

ただ、MacであれWinであれXであれ、窓はまだまだ不便な道具なのだと思う。

おそらく私たちにとって、窓は狭すぎる。

(1997/2頃初出)