9月

9月

つまり、

形のあるものは皆壊れる というか

不幸は忘れた頃にやってくる というか

泣きっ面に蜂 というか

うかつにもHDDをクラッシュさせてしまったのだな(汗)

幸いにも重要なデータ領域ではなく、OS側パーティションだったので大きな損失はなかったのだが、夏休みにもかかっていたものだから修復する気を起こすまでに時間がかかりまして(笑)

クラッシュが原因というわけではないのだが、今年の夏はなにもせず、なにも考えない現実逃避な夏休みであった。

常に均一のテンションを保つのは、人にとってとても難しいことだということを、改めて実感する。

好きということと、本質的に快楽であることとは、異なるということ。

繰り返しは(それがなにであれ)快楽と苦痛の両面性をもつこと。

仕組みはわかっているつもりだが、わかっているからこそ「わかっているだけでは問題は解決しない」こともわかっている。人間にハードコーディングされた認知のアルゴリズムは、ちょっとやそっとの仮想化で自由に操れるほど簡単ではない。

盲信は一つの手であるが一人で実体化することは容易ではない。

クラッシュしたHDDの、もっとも最近の全体バックアップが97/6だった。受信メールの一部が失われたのはちと痛かったが、復旧そのものはバックアップがあるので、一度やりかかればサクサク進む。

人の場合そう簡単にもいかないが、たとえそうであってもリストアは可能だと信じたい。

(1997/9初出)

8月

ずいぶん遅れた

8月

夏休みでした

・・・ってのではだめ?(笑)

他にも理由がいくつかありますが、その一つは9月の方で(汗)

(1997/8初出)

7月

7月

私の信じる神は、ソフトウエアの神である。

エリートエンジニアや業界有名人のことではない。

なにか感覚として、髭をたくわえた白髪の老人・隠者・仙人。そういうイメージの神様である。

概念としては八百万の神にもっとも近いと思う。唯一神とか絶対神など信じない。万物に神がやどるという考え方。自分が選んだ神が自分の神という考え方である。

山菜を採る人が山の神を敬うように、海産物を捕る人が海の神を敬うように、畑を耕す人が稔りの神を敬うように・・・プログラマがソフトウエアの神を敬うのが、どこか妙だろうか?

宗教に詳しいわけではないが、かなり原始的な神様の概念だと思う。だがもっともしっくりくるのである。

ハイテクとはかけはなれた感じがするかもしれない。ソフトウエアが出来るためには構想・デザイン・設計・地道なコーディング(さらに仕事としてやる場合は協力・説得・利益計算・リスク対策などさらにややこしくなるが)など簡単に作れるものではない。しかしなによりも携わる人々の思い。そこにはまだ何か奇跡の断片があるように感じる。だから神の匂いが感じられるのかもしれない。

徹夜明けの朝日の中で、まだデバッガにつながったままのソフトがよちよち歩きの赤ん坊のように画面の上で不器用に、でも確かな鼓動を持って動き出すとき

ソフトウエアの神様がソフトウエアにたずさわるすべての人々を見守ってくれるのだ

と感謝せずにはおれない。

(1997/7頃初出)

6月

6月

Deep Blueの勝利を、私はほとんど諸手を挙げてよろこんだ。

報道機関の多くは「コンピュータが人間を負かした」との論調だった。一部ではヒューマニズムの危機とでもいいたげな書き方だったような気がする。しかしあれは決して「コンピュータ対人間」の勝負ではない。チェス技能者対コンピュータ技能者の「人間 対 人間」の勝負だった。

また、「コンピュータはプレッシャーを感じないが、人間はプレッシャーを持つ。だから不公平な戦いだった」とのニュアンスの報道もあったように思う。しかしその言い方で言えばDeep Blueサイドもハンディを課せられていた。Deep Blue側スタッフはプログラムがその場で誤った手を打ったとしても「まった!」を言うことはできない。プログラムの動作は、対戦以前の数年に渡った設計の中に組み込まなければならない。Kasparov氏が斬新な手を打ってDeep Blueを窮地に追い込んだとしても、スタッフは場外から見守ることしか許されない。それは十分にハンディではないか?(やや逆説的に言えば、Deep Blueスタッフ自身もDeep Blueが誤った手を打ったとしてもわからなかっただろうが・・・)

これを見ていると「熟練職人が旋盤でネジを作る 対 自動工作機械がネジを作る」の勝負を連想してしまう。おそらくこの勝負は精度的にも品質的にもコスト的にも時間的にも自動工作機械の方が勝つだろう。だからこそ工場はオートメーション化されているのだ。

私は昔から思っていた。なぜ熟練職人は機械に職を奪われるのに、創造的と呼ばれる職種の人は機械に職を奪われないのかと。それこそ不公平ではないか?小説家が文筆ソフトウエアと、芸術家が絵画ソフトウエアと、弁護士が弁護ソフトウエアと仕事の取り合いをするという時代が来てもいいのではないか?

プログラマが自律プログラミングソフトウエアに仕事を取られて困らないかって?

それこそ本望

私は喜んで引退して隠居しよう。私の望みの一つである。

(1997/6初出)

5月

5月

少なくとも小学生から中学生頃までは雨の方が好きだった。

一つには、運動がものすごく苦手だったので「体育が室内になればいいな」と願っていたのだと思う。でも、そのことは別としても確かに雨の方が好きだった。

なぜかって?

心理学では雨音は心を落ち着かせるのによいというが、そんな話はどうでもいい。確かに雨音を聞くのは大好きだったのだから。

大粒の雨がスコールのごとくたたきつけるように降るときが特によい。絶えることのない雨音が、浮き足だった気分を平らになだめてくれる。こういうときは、物陰に隠れているいつもは見えない何かに気づくのだ。

朝から黒雲につつまれたひどいどしゃ降りの日、木造の校舎、教室の中、まるで日が落ちた後の夕闇のような日はさらによい。大雨の作る妙な薄暗さは、夕闇の不思議な気分を朝の教室へ連れてくる。一日この不思議が気分が続くかと思うと、内心わくわくしていた。

一歩先をも覆い隠す 雨のカーテンの向こうに、何かを見ていたのだと思う。

今では快晴も雨もそう変わることではない。どちらもそれなりによいとしか言えなくなってしまった。

でも確かに雨が大好きだったことを思い出した。

———

[号外]

DeepBlueスタッフ、おめでとう!!

Congratulations! DeepBlue staff.

(追記部原文まま 1997/5頃初出)

4月

4月

花見である。

そう言いきるとちとまずいか?(笑)でも、ほんのさっきまで「今、学生は春休み」なんてすっかり忘れていた。

ここを見る人が何人いるのか、社会人が多いのか学生が多いのかなど知らない。でも新しく社会人になる人がいるなら、いいことを一言

矛盾の一丁目へようこそ。でも地獄ではないから恐れる必要はない。

今までどのようにすごしてきたかにかかわらず、不条理をうまく処理する能力が要求される。それを適切にハンドリングできれば「いる場所」を見つけることができるだろう。

空ばかり見ていれば、ぬかるみにつまずく。でも足もとばかり見ては、風景が楽しめない。すごく言い古された言葉のような気がするけど。

夢を他者に託すのはよくないことだと思っている。

ひきずるものはひきずりながら(もしくはリスクをリスクと感じて)自分で選ぶものが自分の夢であると思っている。

子供の頃に読んだ冒険マンガや冒険小説と同じで、他人の夢話を聞いてその夢の中に溶け込むのは楽なことだ。時には気分転換に必要なことだとも思う。

しかし夢の聴き手側にいる限り、夢を作る側には決してなれない。誰かを生き神様と祭り上げたら、決してその人を越えられなくなるのだということ。すべての痛みを感じながらも、自分で見る夢のみが現実になる可能性を持つ。

私は、自らが作り上げたもののみが自分の姿を決めるのだと信じている。

(1997/4頃初出)

3月

3月

タイトルのわりには、自分が季節感をなくしつつあると最近とみに思う。

季節という周期よりは、仕事でのスケジュールやマイルストーンの周期で暮らしているような気がする(笑)

まぁこの種の業界でスケジュールに追われない方が妙な話だし、半ば好きでやっているのだから嘆いているわけでもないけど・・・。おそらく季節感がうすれていくのは、トシに暮らしてトシをとれば(この種の地口オチは好きなんです(笑))誰でも同じではないかと思う。TVは「もうすぐ暦では春に・・・」と言っているわけだが、言っている本人さえ暦でしか季節を計数できない状態なのではないかと、はたから見て思うわけで。

その中にあっても「気分をかえて遊びに行こう」と思うこともあれば「気にくわない仕様や処理部分をとことん修正してやろう」と集中したい気分のときもあるわけで、これを性格と呼ぶか習性と呼ぶか自分でもわからない(笑)。

ただ、遊ぶにしても作業するにしてもその活動範囲が日々の繰り返しの中に限定されていくのを感じるのは結構脅威である。ある一面に対しては鋭さを増す一方、別の面で明らかに鈍くなってくる自分を感じるしね。だから季節の動きを見失うのかもしれない。いたしかたないのは重々承知の上。でもボケるまでは牙を失うつもりもない。

—-

Pre3月(笑)にも書きましたように、今回から「Netscape Navigator3.01」,「Internet Explorer3.0」,「Cyberdog2.0b1」での確認を行っています。いやCDで正しく出たかと思うとIEで合わなくなるとか、思っていたより苦労しました。まぁHTMLを書きなれているわけではないもので(笑)

(区切り原文まま。1997/3頃初出)

2月

2月

窓から見える景色は美しいと思ったが、触ることができないのは不条理だと感じた。

「そうだ、パソコンも同じだな」と。

観光用の潜水艦には、海底の熱帯魚や珊瑚礁その他もろもろを見ることができるように、大きなたくさんの窓がつけられている。TVの観光番組ほど「いかにも」という豪華さはないのだが、普段海に入らない私としては十分に楽しめるものだった。そのおのおのの窓を通して、観光客らが海底を眺める。

魚の個々の名前は覚えていない。でも魚群を組んで(もしくは一尾で)泳ぐ熱帯魚は見飽きさせないものがある。熱帯魚ってなぜ深い色がついているのか? なぜ同じ種類の魚で群れが作られるのか? 別の魚どうしでもいいのでは? 問い出せば、聞きたいことが子供のようにわき出るだろう。唯一妙に感じたのは、観光用に作られたっぽい人口珊瑚礁くらいか。しかし頭のねじを1本緩めておけば別に気にすべきことでもなかった。

よく見たいと思えば、身を乗り出さなければならない。半球形に飛び出た窓に手がかかる。が、それは魚をつかむ動作でもなく、海水に触れる動作でもなく、厚いガラスをさわるだけだった。

ふと

「窓にスクロールバーがないかな?」

と思って、自分で失笑した。

今の自分にとって、この海はさわることができないもの。実際に存在するものであっても、触れないならコンピュータの疑似三次元表示と変わるところなどない。だから観光潜水艦の窓はコンピュータディスプレイの窓に似ていると思った。

かゆいところに手が届かないというか、見たいところがあるのに回ることも近づくこともできない。ましてや潜水艦の中では触ることもできない。

確かによいところは、ガイドのおかげで無難に始まって安全に終わることくらいか。頭のネジを1本緩めているときにはそれは大事なこと。

コンピュータの中の疑似世界を触るVirtualRealityの研究や実用はさかんである。シミュレーションゲームだって疑似世界と対話(もしくは操作)する点で言えば仮想現実の一つと言える。NetSurfingなどは相手が実在なのだから、さらにリアルな疑似世界だ。

だが、ディスプレイの先にいかにリアルな世界ができようとも、触ることはやっぱりできない。マウスであちこちを引っ張るのが関の山だ。(むろん、一昔前に比べれば革新的進歩であるのは間違いないのだが)

感覚センサまで含めたVirtualRealityの時代がよいことなのか問題をはらむものなのか、正直なところ私にはまだはっきりわからない。

ただ、MacであれWinであれXであれ、窓はまだまだ不便な道具なのだと思う。

おそらく私たちにとって、窓は狭すぎる。

(1997/2頃初出)

1997年1月

1997年1月

師走だった(笑)

師でも忙しいという季節なのだから、私など日がなバタバタしていたわけで。

この季節になると妙に凝ってしまうのが年賀状でして、毎年毎年奇抜なデザインを考えては楽しんでいましたね。

例えば、勝手にデザインしたお年玉年賀はがきにでたらめな当選番号を作って「落とし玉年賀」って印刷したり(もちろん一目で作り物に見えるようにしましたが、郵政省に見られたら怒られるかな(笑))。相手に損した気分にさせないようにわざわざお年玉年賀切手まで貼りました。またある年は、はがき表の「年賀」の文字を「燃我」って印刷してだしました。後で聞いた話によると、この「燃我はがき」は正月前に相手に届いたそうです(笑)

元々絵がうまい方ではないので、アイデアと地口ネタで勝負というわけでして。

昔ははがきサイズをうまく印刷できる安いプリンタがなかったので、プリンタにどうはがきを食わせるのかが一つの関門でした(汗)(実は今もそう新しいプリンタではないので、はがきをうまく食ってくれないのですが(笑))

今年はうまいアイデアが出なかったこともあって、ちょっとひねりが足りなかったかなと思ってます(汗)

まぁ情報の発信口がその頃あまりなかったので、そういう形でしかアイデアの出し口がなかったという話です。今はいいですねぇ、WWWでの情報発信も楽になったし、チャットで談話もありですし。

情報は受け手ばかりにならないように注意しましょう。出す側の方が圧倒的に楽しいです。また心理学でいうところのストロークは、人とメディアの間にも暗に存在すると思っています。情報をうけるばかりではかえってストレスがたまりますよ(笑)このような変な内容のホームページでも、一応は情報発信です(笑)

だから

あけましておめでとうございます

そして今年はなにをしますか?

私が言いたいことはこれだけです。

(1997/1頃初出)

12月

12月

「おっちゃん! 戦うのばしたか!」

・・・「おじさん、格闘アクションゲームをしたいです」とでも訳すればよいのだろうか(笑)

2週間に1度帰る実家の生活は、細かい不便がありつつも落ち着くものだと思う。

もちろん故郷だって常に姿は変わり続ける。新しくなる人々、古くなり続ける人々(自分で書いていながらやや抵抗がある言い方ではあるが)

ここ数年で甥っ子がころころでてきて、家に帰るとすっかり「おじさん」状態である(笑)

ふと昔、小学生ごろに読んだ北杜夫の「ぼくのおじさん」を思い出してしまった。

まだ甥っ子達は、それらを読んで楽しむことのできる歳ではないのだが、きっとその歳になったら私のことだと苦笑するに違いない(笑)

それでよいと思う。

ときどき家に来ては、ごろごろしている変なおじさん。半日パソコンに向かっていることもあれば、半日寝ていることもある。半日ゲーム機で遊んでいることもあれば、半日外出していることもある。

甥っ子達には、ゲーム機を貸してやることと、やや旧機種になったパソコンにエディティメント系ソフトを入れて置いておくこと。まれにじゃれついてやることくらいか。

生活や人生の教育は親(私の兄夫婦,姉夫婦)の仕事だから干渉はせずに、ただいくつかキーになる環境を作っておく。

コンピュータを道具として自然に使えるようにと。

あの世代の子供たちが学生や社会にでる頃のために、少なくとも恐怖症のような状態にしておくべきではないと思う。

私達の世代だと、下手をするとコンピュータに隷属するようなタイプもいる。

だからコンピュータを崇拝したり畏怖するのではなく、箸や茶わんのように使える感覚を身につけさせてあげたいと思う。

そしてネットワークを理解できる年ごろになったら、もう一つだけ教えておかなければならないことがある。

CRTに写る文字はコンピュータではなく、人であること。

ネットワークにつながったときのコンピュータは、コンピュータではなく人と対面するガラス窓であることを。

でも、これらは多くを憶える必要などない(むしろ多く憶えるべきではない)。子供たちは肌で知らなければならない現実をたくさん見ることの方が大事だ。そのために必要な道具としてならいくらでも環境を準備してあげよう。

だから2週間に1度というのは甥っ子達にとって適切な周期に違いない。

私にとっても仕事を戦うのに、適切な休暇だ。

(1996/12頃初出)