人柱という言葉は嫌いではない

人柱というと、忌み嫌う語句と言われるが、私は人柱という言葉は嫌いではない。

以前にも書いたように、そのくらいの覚悟なしに何をなしうるというのだろうか。

私の時代にわりとよくある歌や小話に「社会の歯車になりたくない」とかいう言葉がよく混じっていたものだが、私にはピンとこなかったのである。

責任のかかる部分を仕切る。いいことじゃありませんか。

ええ、デスマーチも山ほどやってきました(自責のデスマーチも含めて)。成人してからの1/2くらいはデスマーチ案件にかかわっていたような気がする。

おかげで慣れた。

デスマーチを怖がらなくなった。

結果として、デスマーチの臭いに敏感になって、その状況の回避や解決がうまくなった。火消し役として、デスマーチ案件が回ってきたことも多い。

人は、ことの大小はあっても、何かの人柱をやらされることになるのです。

人柱を忌避するのではなく、何の人柱をやりたいのか選びなさい。