ちょっとした旅愁

最近はなかなかどんよりした状況が多いのですが、そのせいか、ちょこっとパカっと気分がはっちゃけるときがあるわけで、
なんとなく旅に出たいなー
とか思いつくわけです(^^
休日にまとめてお出かけというより、仕事しながら旅するなんて出来ぬかなーなどと(^^
まぁ現実的にはお金も余計にかかるし、契約とかをどうするかとかいろいろあるので簡単にはいかぬのですが、なんとなく仕組みだけでも組み立ててみるかなーと。
昔は「プログラミングは部屋でこもってすると決まったものじゃないだろ!」とか思って、
寮の屋上にMacを抱えて屋上でプログラミングしたり、
浜辺にPowerbookを持って行って砂浜にシートで座り込んでプログラミングしたりしたものです(^^
いや現実的にはそれほど効率が上がるものではないのですが(^^; でも気分を切り替えてやれるのも確かなのです。
現実的なランニングコストを考えたらやれないですし、ぼくがやってたころは本当にPCを外で使ってる人なんていなかったですから、わりと恥ずかしかったのも確かですが(^^;
でも、今は電車や喫茶店でノートPCを開いている人もわりと普通にいるし(まぁ電車とかだと光景としていかがなものかと思うケースはありますが)、3GやWimaxとかも整備されてきてるし。
ノートPCに仕事ツールの一式とクラウドやネットストレージやVPNに作業コンテンツを置いて、旅館や喫茶店をはしごして、合間にうまいコーヒーやケーキや見事な桜とかを見るみたいなのは、なんかやってみたいなーとふと思いついたわけで(^^
まー現実的には桜をほったらかしに朝から夜までノートPC使ってるだけみたいな状況になりそうな気も(^^; それに今はお金もないしなー。
ただ、現実的な望み みたいな希望は設定したほうが生活に張りがでるのだな。きっと(^^

ニュースいろいろ

ニュースは結構よく見るようになりました(^^
昔はほとんど興味がなかったし、仕事の忙しい頃はまったくTVを見られてなかったことがあるので、まったく世情にうとかったんです。
今はほどほどにはニュースを見てるし、「うぁー」とか「こりゃなんだ」とか思うニュースも多々あるのですが、どうもブログとかでニュースをコメントするのはなかなかできてませぬ。
やはり、思ってすぐに書き込まないと忘れてしまうって側面が大きいのですが、一方でニュースソースって発行者の何らかの偏りがあるので、ニュースのイメージ印象だけで書くと何か嘘を流布しそうな気がしてちょこっとひっかかります。
それでも一番コメントしにくいのは、民事訴訟関係かなー。
「酷い目にあったので訴えました」って図式は、1行で書くともっともに見えるけど、本来「酷い目にあったこと」は「うまく忘れる」という治癒方法しかない。
泣き寝入りはよくないとはいえるが「泣き寝入りをよくないと周りが騒ぎ立てる」という話はどうもひっかかる。
深い傷・痛みは結局のところ、「忘れて今を生きる・先に進む」という解決方法がどのような傷にもきく本質的な治療法であるのに、本人が忘れたい といっているところを回りから「それは訴訟すべきだ」というのはかえって傷を深めているように思えることがある。
当事者じゃないから言えるという面があるのはわかっているが、ガチガチの訴訟社会を望むくらいなら、ハムラビ法典のほうがまだシンプルで納得がいく気がする。
と書きたいニュースネタからずいぶん離れたな(^^;

最近疲れ気味かなー

うーむ、ちょこっと最近いろいろ負けが込んでるな(^^;
こういうときはストレス解消に何かするのがよいんだろうがなー(^^;

最近たまに引っかかるのだが

私は趣味とは
時間を贅沢に浪費する楽しみ
と認識しています。
それはいいのですが逆に、ゲーム会社の人が記事などで
ユーザの可処分時間をいかに自分たちのコンテンツに集めるのかを工夫している
という風なことを言われると、ちょこっと引っかかります(^^;
ゲームというビジネスを合理的解釈に解釈すると、確かに間違えていないのですが、一応多くのゲームやおもちゃメーカーが
「夢を売ってます」
って看板を上げてる状態で、
「それは具体的に言うとユーザの時間をどれだけ奪うか ということです」
って言われると、うわーあこぎだなーとか思うわけで(^^;
そう言われるとネトゲとかだけでなく、携帯ゲームとかソーシャルゲームとかも、最近はユーザの来訪と滞在を強化される方向に作られているように見えるなーと思うわけで、
それで本当にいいの? と思うことしきりです。

よく読んだ小説を少し読み直した

読む本は昔から技術書が多くて、小説は実のところあまり読んでません。
子供の頃の愛読書が、トラ技やインターフェースって人だったもので(^^;
小説とかを読み出したのは社会人になってからで、かつ社会人になってもやはり愛読書のベースは技術書だったので、小説も多数の作家を読んでるわけではなく偶然に読んでおもしろかった人の作品を読む込むって形でして。
で、そういう形で読んだ好きな作家は、ミヒャエルエンデと神林長平です。
先日チャットで話していて、好きな作家という話になったので、買ってた本を少し読み直してみた。
ミヒャエルエンデは、基本的に童話作家なので表現が読みやすいのに、観念のえぐいところをひっかき出すところがやっぱりすごいな(^^ まぁドイツの作家なので、やや翻訳癖や文化の差みたいなところがありますが。(ドイツ語は学生時代にごく入門だけ習ったけど、英語とも違って独特の癖があるのでよく翻訳できるものだと感心もします)
神林長平は、言語センスがよいというのを改めて思いますな。流暢というわけでもなく、読みやすいというわけでもなく、でも文に音素が常に乗ってるようなセンスというか。
と、改めてみるとどちらもわりと理屈っぽい作家であるような気もするな(^^;