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自分再教育の時代
yahooj-port
言葉の欠片
2009-05-12

適切な人間関係性やしつけが行なわれなかった人はやはりどこかが曲がった人になってしまう。 自分が曲った人になってしまったことを親に文句をいうのを1回までは理解できても、それ以上や責任を取れというのは成人のすることではない。 自分が曲っているというところまで気づいたのなら、それをなおすのに、「自分による自分の再教育」ということができたらよいと思うのだが、まだ夢物語かもしれないな。 本質的に自分が理解できないことを自分に教育はできないのだから「自分による自分の再教育」というのは困難だ。単に職業技能とかなら、いろいろ社会人受講とかあるんだけど、自身の人間性というのは教わるものではないし、今の時代変な新興宗教にも巻き込まれやすい時代ですしね。 しかし、教育理論の発逹や他者によるマインドコントロールの危険性を考えれば ある程度、「自分による自分のしつけの再教育」という手法が研究されていいころではないかと思う。 これらは関係性の教育なのだから、自習は難しい でも今の時代の技術でなんとかならないか? と思うことがある。 P.S. 他人事のように言ってますが、結構、自身にも含まれるのよ。これが(^^;