ここはどこ?

もっとも重要な掟のひとつは、「迷宮を去る者だけが幸福になれる。だが、幸福な者だけが迷宮から逃げ出せる」というものだ。(ミヒャエル・エンデ「鏡のなかの鏡」丘沢静也訳)

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ここか? ここは知の大地に掘られたもっとも深い坑道のひとつ、その採掘場所だが。あなたはここに迷われた方かの?

わしは長らくここで掘り続けておる。まだたいしたものは見つけておらぬが、そこにある鉛のコードや錫のコードのかけらは、わしがここから掘り当てたものだ。

それにしてもここに来るとは物好きな人だな。新聞社なら毎日新しい噂話が集まってくるのかもしれぬが、ここは採掘所だ。実際、なにか価値がありそうなものを掘り当てることはめったにない。続けて何個かでてくることがまれにはあるが、数年掘ってもなにも出ないのが普通だ。だからここにたびたび来てもしかたないぞ。

耳をすましてみるがいい。この近くにも大地を掘る坑夫のつるはしの音が聞こえるはずだ。

話によれはこの大地から金やダイヤモンドやもっとすばらしいものが出てきたらしい。掘り当てたやつらは大金持ちになって町へ帰っていったと聞く。わしはそんなにお金が欲しいわけではないが、大鉱脈を自分の手で掘り当ててみたいのだ。

子供の頃からこの大地には興味をもっていた。遠くから坑道をながめ、やってくる坑夫をしげしげ見つめていた。坑夫の一人は話してくれた。ここには今まで見つかったことのない何かすばらしいものが埋まっていると聞いた、だからここにやってきたのだと。だがそのすばらしいものとは何かと聞くと、口を濁すばかりだった。

いつしかわしもこの知の大地を掘っていた。

見慣れた坑道だ。鉱脈なんてきっとすぐ見つかる。最初はそう思っていたものさ。

一人で掘っていることが多いが、何人か仲間を組んで掘っていることもある。ある日わしらはつるはしの先にすばらしい光を見たのだ。その輝きは黄金でもなくダイヤモンドのそれでもなかった。この差し込むような強い光に、わしは「これは賢者の石に違いない!」と思った。

しかしそう思った次の瞬間、落磐は起きた。

何人かは土に埋もれた。何人かは見失った。わしも深い傷をおった。半ば傷が癒えたとき落ちた岩盤を確認に来たが、それはとても堅いものだった。この先に賢者の石(いや、あれは間違いなく賢者の石だった)がある、そう思うといても立ってもいられなかったが、回りの岩盤も含めてあまりに堅いものだった。

わしは今も考えている。賢者の石がここに埋まっていたのなら、この近くにも賢者の石が埋まっているに違いない。いやそれどころかオリハルコンの大鉱脈があるのかもしれぬ。わしは再びつるはしを振り下ろした。

ここは世界で一番深い坑道の一つだ。ここになければどこにあるというのだ。わしだけの思い込みなのか?

ここの生活には慣れた。いや、まめだらけの手とまがってしまった腰では坑道を掘るくらいのことしかできなくなってしまったのだ。

もう日の光を見なくなって久しい。

(初出1999年頃)

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